ゆびたんタッチ > コース一覧 > 日本の歴史をたどる > 縄文と弥生
縄文と弥生(文書コース「日本の歴史をたどる」)
「縄文と弥生」の文章で、タッチタイピングを練習するコースです。全30問。ローマ字入力・かな入力のどちらでも練習できます。
このコースで練習する
練習する文章
- 日本の歴史は、とても古い時代から始まります
- 一万年以上も前から、縄文時代が続きました
- 縄文という名前は、土器の模様からきています
- なわを転がしてつけた模様が、土器についています
- 人々は、木の実を拾ったり、魚や動物をとったりしました
- 地面をほって作った、たて穴住居に住んでいました
- 食べ終わった貝のからを捨てた場所を、貝塚といいます
- 貝塚を調べると、昔の人の食事のようすが分かります
- 青森県には、三内丸山遺跡という大きなむらのあとがあります
- 土で作った人形の、土偶も見つかっています
- 目の大きな、遮光器土偶が有名です
- やがて、大陸から米づくりが伝わりました
- ここから、弥生時代が始まります
- 弥生という名前は、東京の地名からきています
- その場所で、新しい形の土器が見つかったのです
- 弥生土器は、うすくてかたいのが特ちょうです
- 人々は、田を作って米を育てるようになりました
- とれた米は、高ゆか倉庫にたくわえました
- ゆかを高くして、ねずみや湿気から米を守ったのです
- 米をたくわえることで、貧富の差が生まれました
- むらどうしで、土地や水をめぐる争いも起こりました
- 佐賀県の吉野ヶ里遺跡には、ほりで囲まれたむらのあとがあります
- 鉄や青銅の道具も、大陸から伝わりました
- 銅たくという、かねのような道具も作られました
- 中国の古い本には、倭という国のことが書かれています
- そこには、邪馬台国の女王、卑弥呼が登場します
- 卑弥呼は、うらないで国を治めたといわれます
- 邪馬台国がどこにあったのかは、今もなぞのままです
- 九州だという説と、近畿だという説があります
- 土の中には、まだ知られていない歴史がねむっています